橋 幸夫(麻生区)

設置場所:神奈川県川崎市麻生区上麻生6∸34-1 浄慶寺本堂横
制作者:不明
設置時期:2026年9月25日
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

設置経緯:橋幸夫(本名:橋幸男、1943年5月3日 – 2025年9月4日)さんは、日本の歌手、俳優、プロデューサー。舟木一夫、西郷輝彦とともに「御三家」と称された。東京府東京市荒川区に呉服屋の9人兄弟の末っ子として生まれた。ビクターの吉田正の弟子となり、1960年7月5日に「潮来笠」で日本ビクター(現・JVCケンウッド)からデビュー、同曲で第2回日本レコード大賞新人賞を受賞し、「第11回NHK紅白歌合戦(1960年)」にも初出場を果たす。1962年9月、吉永小百合とのデュエット曲「いつでも夢を」が発売。同曲は発売から「1か月で30万枚という驚異的な記録をたて(半年後の翌年5月に100万枚突破)」る大ヒットとなり、第4回日本レコード大賞を受賞した。2005年、橋のデビュー45周年を記念して茨城県潮来市の前川あやめ園に記念碑と映画「潮来笠」をモチーフとしたブロンズ像(潮来の伊太郎像)が建てられた。

「柿生のあじさい寺」として知られる麻生区上麻生の浄慶寺で2026年9月25日、前年9月に亡くなった橋幸夫さんをモチーフにしたブロンズ像のお披露目式が行われた。ユーモラスな羅漢像が並ぶ境内の本堂横に設置され、訪れる参拝者の新たな関心を集めている。約50年前、橋さんは父親が他界した際、徳川家康の生母の菩提寺として知られる「小石川傳通院(東京都文京区)」の檀家となった。浄慶寺は、麻生諦善氏が傳通院と住職を兼務するなど、ゆかりが深い。橋さんは約8年前から、アジサイの季節などに訪れるようになり、親交を深めてきた。顔の再現性の高さからブロンズ像が採用された。制作を手掛けたのは、日本レコード大賞のブロンズ像なども手掛ける著名な作家。半年の歳月をかけ完成した像は、高さ約120cm。着流しでマイクを持ち、歌う姿を表現している。「あの世に行っても現世の姿のまま不滅であるように」との願いが込められた像の周りには、拍手をしたりマイクを持ったりする羅漢像が寄り添い、まるで境内でコンサートが行われているかのような温かい空間となっている。

設置場所:神奈川県川崎市麻生区上麻生6∸34-1 浄慶寺本堂横

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