住江金之(世田谷区)

設置場所:東京都世田谷区上用賀2-4-28 東京農業大学「食と農」の博物館2階展示室
制作者:東横デパートの胸像製作工房
除幕式:1960年6月25日、住江記念館完成記念
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

設置経緯:住江金之(すみのえ・きんし、1889年6月1日-1972年8月19日)先生は、熊本県御船町に生まれる。1913年に東京帝大農科大学農芸化学科を卒業。1931年に東京農業大学の教授就任。1950年に同大学醸造科の初代科長に就任。
本像の説明書に以下の記載あり。
住江金之は明治22年6月1日熊本県御船町の造り酒屋「角雑穀屋」の三男として生を受けた。御船は御船川の恵により「酒造りの町」として知られ、そこで最初に酒造りを始めたのは「雑穀屋」の増永茂三郎であった。角雑穀屋はその分家で、1820(文政3)年に増永三左衛門が牛ケ瀬村上荒瀬で酒造りを始めたのがその始まりである。三左衛門は灘から杜氏を連れてきて灘流の辛い酒「清酒」を作らせ「八ツ橋」と名付け売り出した。ここころ酒には銘柄がつけられていなかったので肥後熊本で初めての銘柄酒であった。住江が生まれたのはそのような環境の下であったが、生涯酒には弱かったという。
東京帝国大学を卒業した住江は昭和6年東京農業大学に教授として迎えられた。昭和25年3月14日に東京農業大学に短期大学設置が認可され、同年4月1日に醸造科、農業科を含め全7科が開校し、醸造科の初代科長に住江金之が就任した。そして醸造科開設から遅れること3年、昭和28年4月1日に農学部に醸造学科が増設され、初代学科長に短期大学醸造科長の住江が兼任したのである。両学科開設に力を尽くした住江金之はまさに東京農業大学醸造学科の生みの親であった。
酒博士として世に知られた住江金之であったが、昭和42年8月19日、83歳で惜しまれながら世を去った。
設置場所:東京都世田谷区上用賀2-4-28 東京農業大学「食と農」の博物館2階展示室


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