場所:福島県郡山市 寿泉堂総合病院・正面玄関
建立年月日:昭和7年

湯浅為之進(1864~1927)は、山口県豊浦郡宇賀村(現 山口県下関市豊浦町宇賀)に4代続く医者の家に生まれました。
明治20(1887)年、帝国大学医科大学別科を卒業後、福島県安積郡郡山村(現 福島県郡山市)に湯浅医院(現在の寿泉堂綜合病院)を開業します。
郡山地域では初となる専門医を配置した総合病院を開業し、また安積郡医師会の初代会長を務め、当地域の近代医療の発展に貢献した人物です。
湯浅為之進が、開通したばかりの東北線の当時の終点・郡山に降り立ったのは明治20年(1887年)は、まだ戊辰戦争が終結してまだ20年ほどしか経っていない時代・・・
郡山からすれば為之進は、仇敵・長州藩ゆかりの土地の人間ともいえますが、車内で偶然に隣り合わせた郡山の旧家・川口半右衛門と出会い強い勧めなどにより郡山に落ち着くこととなります。
自分の誕生日8月20日に、川口家の隠居所でささやかな「湯浅医院」を開業しました。
村の人々は、当時は高嶺の花でまだ乗ったこともない汽車で郡山にやって来た為之進のことを「鉄道医者」と呼んだということです。
