関口嘉一(港区)

設置場所:東京都港区白金台2-1-1 佛所護念会教団本部中庭
制作者:北村西望
設置時期:1964年
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

設置経緯:関口嘉一師(1897年1月15日—1961年4月)は、新潟県北蒲原郡水原町に生まれる。14歳の時に上京し奉公勤めをする。更に15歳の時に北海道に渡ったが病気を患い新潟に戻り、1924年に再び上京し自転車店を経営。翌年、トミノと結婚した。しかし長女の病死・長男の病弱を契機として、夫婦共に日蓮宗法華経寺や不動明王、また観音信仰をしていたが、隣人の勧めによりトミノが1933年に霊友会に入信。嘉一も後に入信、第6支部長を歴任したが、霊友会の共同募金横領・脱税事件を契機に離脱。1950年10月30日、多数の同志の願いを受けて佛所護念会教団を創立、初代会長に就任する。戦後の混迷を極めた中で法華経の正しい実践を身をもって示し、教団の基礎固めに全身全霊を打ち込む。1961年、65歳で逝去。清廉潔白で慈悲深かった人柄を慕い、会員は「大恩師」と呼び、今でも敬愛している。

佛所護念会教団は仏教団でありながら明確に皇室や伊勢神宮を崇敬することを表明している。また初代会長の残した「教行」と二代会長(関口とみの)の残した「碑文」を重要な指針としている。
教行
一、本部の教えに随順し、一心に悟りの道に精進し、もって人格の向上をはかること
一、会員間において金銭の貸借並びに金品の贈与供応等は行わぬこと
一、常に不平・不満・愚痴・悪口等は慎み感謝の心をもって進むこと
一、家庭の和合は朝夕のあいさつから始まる
一、商売繁盛、病気がなおる等の言葉を使って人を惑わさぬこと
碑文(本像台座正面の銘盤に記載されている)
法華経は佛が天地大自然の眞理を解かれたものである
人を萬物の長と言い 神を敬い佛を崇め 祖先に自ら供養し 己の悪いくせを直す そう言う人を諸佛は守護したもう 之を佛所護念と言う 佛教が世界人類を救う教えであるならば まず家庭からであり 又 眞に佛教に依って救われた時代があろうか 利欲の為に 法を説いては 釈尊の 眞意に副はない
時来たりて 在家に於て此の 大法を説く 諸佛の神力は 我らの能く知る所なり
佛所護念の 戒壇建立を祈念する
昭和三十九年 佛所護念会教團 関口とみの 西望書

設置場所:東京都港区白金台2-1-1 佛所護念会教団本部中庭

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