設置場所:埼玉県志木市本町4-14-1 慶応義塾志木高校 中央棟1階玄関
制作者:大熊氏広(1856-1934)
開披式:1893年10月22日、慶応義塾煉瓦講堂2階会議室に設置
移設時期:1969年6月21日、現在地に移設
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

設置経緯:福澤諭吉先生(1835年1月10日- 1901年2月3日))は、幕末から明治期の日本の啓蒙思想家、洋学者、教育家。大分県中津市出身。福澤先生は1858年10月、江戸の中津藩中屋敷内の蘭学塾の講師に就任したが、これが慶應義塾の起源である。本像は、福澤先生の最初の銅像である。

本像の上半身

本像台座の銘盤に、以下の記載がある。
福澤先生の銅像を作り後世に残そうという話が塾員の間に起ったのは明治24年(1891)の頃である。先生ははじめ固辞されたが、塾員有志の熱心な情熱をいれてついに承認された。1000名近くの塾員の賛成を得た有志は彫刻家として高名な大熊氏広氏に依頼した。氏は約3箇年の時を費して完成し、明治26年(1893)10月22日にはその開披式が行われた。安置された場所は煉瓦講堂2階の会議室であった。しかし先生は還暦祝賀の記念として塾員から贈呈された灯台の模型と引きかえにこの像を引きとり、自宅の土蔵にしまわれてしまった。わずか3年余りで陽の目を見ないことになったのである。像は以来、太平洋戦争の被害を免れ、三田の義塾内に移され保管されていたが、このたび本校に安置されることになった。―「慶応義塾百年史」による―
1969年6月21日 この台座は昭和43年度卒業生により寄贈されたものである

設置場所:埼玉県志木市本町4-14-1 慶応義塾志木高校 中央棟1階玄関
