いけばな小原流歴代家元(港区)

設置場所:東京都港区南青山5-7-17 小原流会館 1階玄関ホール
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

いけばな小原流歴代家元:、向って右から左へ、流祖小原雲心(1861 – 1917)、二世家元小原光雲(1908 – 1995)、三世家元小原豊雲(1908 – 1995)、及び四世家元小原夏樹(1949 – 1992)。

流祖小原雲心
制作者:桜井祐一(1914-1981):山形県米沢市に生まれ、32年平櫛田中に師事。
設置時期:1975年12月
設置経緯:小原雲心(1861年6月26日 – 1917年1月1日)氏は、いけばな小原流の創始者。彫刻家。名は房五郎、号は六合軒。出雲国松江(現島根県松江市)出身。
本像横の説明パネルには、以下の記載がある。
幕末の1861年、島根県松江の陶芸家の家に生まれる。大阪で彫刻家として活躍するも、病弱のためいけばなの道へ転⾝。⻄洋⽂化の流⼊のなか彫刻家としての経験から⻄洋草花をいける⽔盤や鉢を考案し、これまでにない形式、盛花を創始した。

二世家元小原光雲
制作者:不明
設置時期:1975年12月
設置経緯:小原光雲(1880年12月19日 – 1938年)8月13日)氏は いけばな小原流二世家元。島根県松江市出身。本名は光一郎。父の勧めで商人を目指していたが、小原流興隆のため1904年、25歳で華道家に転身。1916年、父の死を受けて小原流家元を継承。
本像横の説明パネルには、以下の記載がある。
1880年、島根県生まれ。父雲心を追って大阪に出、流祖の没後、二世家元を継承。華道界初の支部組織を創立するなど、近代的な指導法や組織化を確立。小原流を全国規模に拡大する。また雑誌やラジオなどにも積極的に出演し、いけばなの大衆化に貢献した。

三世家元小原豊雲
制作者:柴田鋼造(1935年1月11日 – ):愛知県出身、東京芸術大学卒。
設置時期:1996年3月 小原流五世家元代行 小原稚子建立
設置経緯:小原豊雲(おはら ほううん、1908年9月29日 – 1995年3月18日)氏は、大阪府出身の華道家。いけばな小原流三世家元。大阪府立園芸学校卒業。本名、豊。1938年、父であった二世家元小原光雲の跡を継ぎ、いけばな小原流三世家元となる。1954年東京・青山に東京小原会館を建設、財団法人小原流(2015年より一般財団法人)を設立した。1958年ブリュッセル万国博覧会に文化使節団として参加、当時はまだ珍しかったいけばなのデモンストレーションを披露した。
本像横の説明パネルには、以下の記載がある。
1908年、大阪に生まれる。⻘年時代から前衛美術や原始美術に傾倒。二世の没後、三世家元を継承。戦後全国初となるいけばな展示を行う。勅使河原蒼風とともに、作家として前衛いけばな運動に積極的に参加。世界各国を歴訪し、いけばなの国際的普及に努めた。

四世家元小原夏樹
制作者:柴田鋼造(1935年1月11日 – ):愛知県出身、東京芸術大学卒。
設置時期:2004年 小原流桔梗会建立
設置経緯:小原夏樹(1949年 – 1992年1月13日)氏は、いけばな小原流の四世家元。兵庫県神戸市に生まれる。甲南大学経済学部卒業。1969年1月、父である三世家元小原豊雲より次期家元に指名され、併せて財団法人小原流理事に就任する。以来、アメリカや欧州など、三世家元の助手として世界各地を歴訪する。1992年、42歳にして急逝。1995年、四世家元を追贈された。
本像横の説明パネルには、以下の記載がある。
1949年、神⼾に生まれる。甲南大学在学中に次期家元に指名され、三世家元の補佐役として世界を歴訪。シルクロードを舞台に作品集を刊行。時代にふさわしい花型を追及して「花舞」や「花意匠」を創案するも、志半ばにして42歳で逝去。四世家元を追贈された。

設置場所:東京都港区南青山5-7-17 小原流会館 1階玄関ホール

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