覚鑁上人(板橋区)

設置場所:東京都板橋区徳丸8-9-1 安楽寺本堂前
制作者:不明
設置時期:1991年5月19日 興教大師850年御遠忌記念
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

設置経緯:興教大師覚鑁(こうぎょうだいしかくばん、1095-1144)上人は真言宗中興の祖。新義真言宗の教義を根付かせ、現在の新義真言宗(根来寺派)、真言宗豊山派(長谷寺)、智山派(智積院)の基礎となった。嘉保2年(1095)現在の佐賀県鹿島市に誕生。13歳の時入京。仁和寺に於いて得度。修学修行を積まれ20歳にして高野山に登嶺。弘法大師を崇敬、大師の歩まれた道を範として刻苦勉励日夜を分かたず精進研鑽、その学徳並ぶものなしと言われた。高野山を再興し、大師教学を振興した功績は誠に大。根来山に於いて49歳を以って入滅。1690年、東山天皇より興数大師と謚名賜る。
真言宗智山派寺院の安楽寺は、紅梅山来迎院と号します。安楽寺の創建年代は、尊栄和尚が応永3年(1396)に創建、徳丸北野神社の別当を務めていたといいます。明治7年には板橋区内最古の私立紅梅学校(現紅梅小学校)が創立、明治22年まで当地にあったといいます。明治29年、徳丸の観音寺と合寺したといいます。豊島八十八ヶ所霊場35番札所です。
設置場所:東京都板橋区徳丸8-9-1 安楽寺

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