市島謙吉(西早稲田キャンパス)

所在:新宿区西早稲田 1-20-4 早稲田大学西早稲田キャンパス・学術情報センター
彫刻:櫻庭裕介(原型)/伊藤邦介(鋳造)
設立:2010年(平成22年3月)
画像提供:飯坂陽治さん

市島謙吉(1860~1944)氏は新潟の出身で、早稲田大学の初代図書館長。
貴重な資料の収集と積極的な資料の公開・活用を推進してこられた方です。

 <由緒書> 市島謙吉銅像設置にあたって  早稲田大学図書館
市島謙吉(号・春城、1860~1944)は早稲田大学の初代図書館長です。越後国北蒲原郡(現在の新潟県阿賀野市)に生まれた市島は、長じて開成学校(現在の東京大学)に入学、高田早苗、坪内逍遥ら生涯の友と出会い、さらには小野梓、大隈重信の知遇を得ました。
「明治14年の政変」で大隈は下野すると、卒業を間近にしてた医学、大隈や小野と行動をともにすることを決意します。
その後、東京専門学校の創立に関与、郷里新潟では新聞人として活躍、さらに衆議院議員となりました。
1902年、創立20周年を迎えた東京専門学校はさらなる発展を目指し名称を早稲田大学に変更、新たな図書館を建設しました。
学監として学校経営の中心であった高田早苗は、その館長として市島を迎えたいと考え、市島もそれを快諾、1917年にその職を退くまで15年のながきにわたり、図書館長の職にありました。 
市島は自らの目と足で資料の収集に尽力し、当時3万冊ほどだった蔵書を就任5年目には10万冊の大台に乗せました。
奇観本の収集にもその才を発揮、現在、国宝や重要文化財に指定されている資料をはじめ、さまざまな貴重な資料を収集しました。
しかし、そうした資料も収蔵しているだけでは無いも同じ、死蔵であると考えた市島は、資料の積極的な公開を目指し、さまざまな取組みを進めましたが、市島のその姿勢は、現在の図書館にも通じるところがあります。
その生誕150年の記念の年にあたり、早稲田大学の草創期を支え、図書館の基礎を築いてくれた市島に感謝の念をこめてここに銅像を設置し、その功績を永く称えることといたします。
2010年3月   早稲田大学校友会新潟支部

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