藤原高光(関市)

場所:関市 高賀神社
建立年:1988年(昭和63年)

ここ高賀には、高光の妖魔退治の伝説があるが、実際は、三十六人歌仙の一人とされる人物。
父は、村上天皇の時代の右大臣まで上り詰めた藤原師輔。藤原家の中心的家柄であったが、父の死後、出家する。

この地に伝わる 妖魔退治伝説とは、 高賀の山に 正体不明の妖魔が住み着き、人々に害をもたらした。時の帝より藤原高光に討伐の勅命が下された。
 高賀神社に必勝の願をかけると神より「必殺の弓」を賜った。
いざ、妖魔退治に出発し、襲い掛かってくる妖魔に対し、神より授かった弓矢を放った。

矢は見事に妖魔に突き刺さり、その正体がついに明らかになりました。
その妖魔の姿は頭が猿、胴体が虎、尻尾が蛇 の姿をしていた「さるとらへび」であった。
猛り狂う妖魔を押さえつけ、とどめを刺す姿がこの銅像である。

余談であるが、師輔の子孫の系統は、九条流摂家と呼ばれる。
この銅像の台座の謹書は九条家現当主の九条道弘によるものである。

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