行基(奈良市)

設置場所:奈良市 近鉄奈良駅 東口
建立年月日:1995年3月
製作者:中西重久
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

http://masaniwa.web.fc2.com/RW-329.pdf

設置経緯:
行基(668年 - 749年2月23日)は、飛鳥時代から奈良時代にかけて活動した日本の仏教僧。
近鉄奈良駅が1969年12月9日に地下化し、駅上に広場が完成した1970年に、当時の鍵田忠三郎市長(1922~1994)の提案で行基の像(初代の陶像)を奈良のシンボルにすることとしたようです。
初代と同じ型で作られた2体の行基菩薩像が贈られたのは、奈良市の霊山(りょうせん)寺と、奈良県御所市の九品(くほん)寺。いずれも、行基菩薩ゆかりのお寺です。
初代の行基菩薩像は、現在のブロンズ像ではなく、伝統的な赤膚焼(あかはだやき)という焼き物で作られていました。
赤膚焼自体も行基と関係の深い土師(はじ)氏の伝統を汲んでいることから選ばれたようです。制作したのは、奈良市にある窯元「大塩正人(まさんど)窯」の七代目、故・大塩正人(正治)さん(正人窯では、代々窯を継いだ人が「正人」を名乗る)。
この大きさの像を焼き物でつくるというのは大変難しいらしく、約2年かけてようやく完成したそうです。
そんな初代「行基菩薩像」ですが、なんと心ない人によるいたずらで頭部を壊されてしまいます。
2代目がつくられることになるのですが、こちらも同じく正治さんによる制作(1986年)。
ところが今度は雨風による傷みが激しくなり、1995年には3代目の制作が始まります。
これまでの経緯を受けて、3代目は雨風にも強いブロンズ像として生まれ変わることに。
奈良市の彫刻家、故・中西重久さんによる制作です。
現在の像は、初代と殆ど同じですが、数珠のかけ方などがわずかに違っている。

初代陶像:赤膚焼正人窯七代目・大塩正人作(1970年3月設置)
2代目陶像:赤膚焼正人窯七代目・大塩正人作(1986年設置)
3代目・現在のブロンズ像:中西重久作(1995年3月設置)


同型の行基像は他に2体存在します。

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