源義仲・樋口兼光・手塚光盛(加賀市)

場所:加賀市 手塚山公園(首洗池)

平家物語の逸話の銅像です。
寿永2年(1183年)倶利伽羅峠の合戦で 平家軍を撃破した木曽義仲は、篠原の地に退いて陣を立て直した平家軍をも撃破します。
義仲軍の猛攻に瓦解し敗走する平家軍の中でただ一騎立ち向かう老武将:斉藤実盛がいました。敵兵に老兵と侮られるのを恥じて白髪の黒く染めての出陣。義仲の武将:手塚光盛と激闘の末に、壮絶な最期を遂げます。
 戦いに勝利した義仲軍は この池で討ち取った首を洗ったと伝えられています。

義仲の側近である樋口兼光が斉藤実盛の首を洗っていると、黒髪に染めた色が落ちて白髪になりました。

その首を義仲が見た瞬間に衝撃の事実に愕然として泣き伏せてしまったとのこと。その昔、斉藤実盛は義仲の父:源義賢に仕えていたことがあり、源氏同士の争いで父:義賢が、源義平に襲撃された際に、斉藤実盛が幼い義仲を命を助けたことがあった命の恩人であったのです。
命の恩人:実盛の首を大事に抱えて天を仰いで泣く義仲。

討ち取って手柄を喜んでいたが主君の悲しむ姿に呆然とする手塚光盛。

首を洗い終わり、横に控える側近の樋口兼光。
無言で控えることしかできない様子。
そして手前にある実盛の兜には 八幡大菩薩の文字が悲しげに浮かんでいます。

雨風に風化されてちょうど涙を流しているような義仲像。
この像を見た時に、義仲の魂が銅像に宿っているように思えて悪い意味ではなくゾクゾクしました。

銅像とは、時空を超えて偉人と対面できる空間でもあると思っています。
そしておよそ900年前に実際にその行為が行われていたであろうという場所でもあるので、その偉人の魂が宿っているような気がしてなりません。
銅像探索の旅を続けている中でこれほど感動した銅像があるだろうか・・・。
そう思わせる銅像に巡り合ったような気がします。

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