太田道灌(久遠の像)

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  1. 林 久治 - 返信

    本像の探索記⇒林久治の乱歩欄/fに記載された、次の記事をご覧下さい。 
    「第147 回 新宿中央公園の久遠の像と清水長雄像」
    太田道灌と紅皿(久遠の像)
    設置場所: 東京都新宿区西新宿2-11 新宿中央公園 エコギャラリー新宿前
    寄贈者:油井一二、制作者:山本豊市、制作時期:1978年4月
    設置経緯:
    ①「久遠の像」前の銘文より:この像は江戸城を築いた太田道灌が武蔵野の原で狩をしたときの伝説の一情景であります。
    ②寄贈者の略歴:油井一二氏(ゆい・いちじ、1909.10.30-1992.7.21)は長野県北佐久郡に生まれる。美術年鑑社社長で美術品蒐集家。絵画販売の一方で蒐集した作品の一部は郷里佐久市に寄贈し、1983年に開館した佐久市立近代美術館は、約780点の油井コレクションを母体としている。同館には1990年に油井一二記念館が併設された。油井氏が佐久市に寄贈した「久遠の像」は、佐久市立近代美術館前に設置されている。
    ③制作者の略歴:山本豊市氏(1899.10.19-1987.2.2)は新宿生まれ。東京芸術大学名誉教授の彫刻家で、1983年に文化功労者に選ばれた。
    ④本像が「久遠の像」と名付けた理由が不明
    ⑤山吹の乙女とは:落語「道灌」その他後世の言い伝えによると、紅皿(べにざら)という16歳の農家の少女です。このエピソードは、「後拾遺和歌集」にある「七重八重 花は咲けども 山吹の実の一つだに なきぞ哀しき」 という歌に由来します。太田道灌はのちに紅皿を江戸城に招いて歌の友としたそうです(それだけ?)。太田道灌が殺害されたあと紅皿は出家して尼となり、大久保に小庵を結んで太田道灌の菩提を弔いながら暮らしたと伝わっています。大聖院(新宿区新宿6-21-11)の境内に紅皿のものと伝わる墓があります。

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