美空ひばり(横浜市中区)

設置場所:横浜市中区宮川町2丁目55 松葉寿し前
原型作者:進藤 武松(1909 – 2000)
鋳造:黒谷美術
設置時期:1993年12月10日(野毛商店街によって建立)
画像提供:ヒロ団長
林久治⇒銅像探索記/f

桜木町駅から野毛の繁華街を抜けて元横浜国際劇場跡地近くに建つ。
幼少期から歌手として活躍していた美空ひばりが8歳の頃に、この地に存在した横浜国際劇場で初舞台を踏んだ。
美空ひばり主演映画「悲しき口笛」の舞台もこの界隈である。
松葉寿しの店の前に銅像が建っているが、このお店のご主人の提案でこの銅像が建立されたとのこと。

本像は松葉寿しの店の前に設置されている。(画像提供:林久治)
「美空ひばり」のデビューまで:美空ひばり(本名:加藤和枝、1937年5月29日 – 1989年6月24日)さんは、日本の歌手・女優・実業家。横浜市磯子区竜頭の魚屋「魚増」を営む父・加藤増吉(1912 – 1963)、母・喜美枝(1913 – 1981)の長女として生まれた。1943年6月、第二次世界大戦に父・増吉が海軍に出征となり壮行会が開かれ、和枝は父のために『九段の母』を歌った。壮行会に集まった者達が和枝の歌に感銘し、涙する姿を目の当たりとした母・喜美枝は和枝の歌唱力に人を惹き付ける可能性を見出して、地元の横浜近郊から和枝の歌による慰問活動を始めるようになった。敗戦後間もない1945年、私財を投じて自前の「青空楽団」を設立。近所の公民館・銭湯に舞台を作り、和枝は8歳のときに母の提案により「美空和枝」という芸名を名乗るようになり、初舞台を踏む。1947年10月、喜劇役者・伴淳三郎の劇団・新風ショウに参加し、同一座が舞台興行を行っていた横浜国際劇場と準専属契約を結ぶ。この時、演出していた岡田恵吉に母親が芸名をつけてくれるように頼み、「美空ひばり」と命名してもらう。横浜国際劇場の支配人だった福島通人がその才能を認め、マネージャーとなって舞台の仕事を取り、次々と「ひばり映画」を企画することに成功した。

本像台座背面に以下の刻文がある。(画像提供:林久治)
美空ひばり(本名 加藤和枝)
1937年5月29日 
横浜市磯子区竜頭に生まれる
1948年5月 
当町の横浜国際劇場に於いて初舞台を踏み、将来の大スターへの道を歩み始める。
1949年
映画「悲しき口笛」に主演、その主題歌共々大ヒット。
以後、昭和の歌謡界のトップスターとして生き続ける。
1989年6月24日
 我が国女性として初めて国民栄誉賞を贈られる。
進藤武松作

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