設置場所:埼玉県ふじみ野市長宮2-2-4 長宮氷川神社境内の「出会いの泉」 建立時期:1992年9月 製作者:柳沢豊郷 画像提供:林 久治⇒銅像探索記/
設置経緯:建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)は、「古事記」の記述によれば、神産みにおいて伊邪那岐命が黄泉の国から帰還し、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で禊を行った際、天照大御神、月読命に次いで鼻を濯いだときに産まれたとする(阿波岐原は江田神社のある宮崎市阿波岐原町と比定されていたが、徳島県阿南市橘湾の青木であるとの説も浮上。)当社の創建年代は古く、第66代一条天皇の御代、995年(長徳元年)に平安期の北面の武士であった星野信秀が出雲簸川の杵築大社(出雲大社)から、この地に移住し勧請した神社であることが伝承されている。祭神は、健速須佐之男命・奇稲田姫命・大己貴命。
長宮氷川神社境内の「出会いの泉」像(製作者:柳沢豊郷)