石原仁太郎(三芳町)

設置場所:埼玉県入間郡三芳町藤久保583-1 ぎんざスエヒロ鶴瀬店玄関
建立時期:不明、制作者:不明。
画像提供:林 久治⇒銅像探索記/
設置経緯:石原仁太郎氏(1905-1985)は福井県三方出身。14歳で大阪へ出て甘栗売り、砂糖販売、トラックの運転手などをした後、1925(T14)年大阪・曽根崎新地の洋食店「弘得社」に入社。10年間の下働きで技術を磨き、1933(S8)年のれん分けの形で東京・銀座6丁目にビフテキステーキ「銀座スエヒロ」を開業した。肉料理の大衆化のため次々と‘新作’を発表して、OLやサラリーマンの食欲を満たす。1966年上嶋孝ら東京スエヒロ4社でスエヒロ相互株式会社設立。スエヒロ食品社長などを務めた。富士山麓にスエヒロ牧場を作り、ステーキに適した和牛品種を作ろうと考察したりとステーキ一代の人生で、1983年黄綬褒章を受章。著書に「ビフテキの王様―信念の商法」がある。一方、無償の保育園事業を行ったり、故郷、福井県三方五湖に浮かぶ古民家を移築した一軒宿の旅館「虹岳島荘」(こがしまそう)を開設した。

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