高場乱(福岡市博多区)

場所:福岡市博多区・崇福寺
建立年月日:令和5年3月31日
製作者:中村信喬
画像提供:城月さん

天保2年(1831)、福岡藩の眼科の名門に生まれ、自らも眼科医として貧しい人々に救いの手を差し伸べる一方、次代を担う荒くれたちに道を説いた高場乱(たかば おさむ)。

彼女は男尊女卑の封建社会の中では珍しく、幼い頃から男性と同様の教育を施され、10歳になると福岡藩から武家の男性と同じように男装・帯刀が許された女性でした。

自身も江戸に上り日本を良くするために奔走したいと願う一方で、生来の身体の弱さから諦めざるを得なかった高場。「それならば自分は日本を良くする人物を育てよう」と決心した彼女が開いた興志(こうし)塾、またの名を「人参畑(にんじんばたけ)塾」からは、近代日本の形成にかかわる人物が多く輩出され、「自由民権運動の母」とも評されています。

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