場所:小川町 八宮神社(下里)
住所:埼玉県比企郡小川町町下里837
建立年月日:1965年(昭和40年)
製作 橋本次郎
画像提供:しんざえもんさん

(以下、銘文より。読みやすくするため句読点つけてます。)
明治十八年にこの里で生を受け、明治三十三年小川高等小学校卒業、同三十六年第一小川尋常小学校準訓導となられたが、刻苦精励やがて検定試験の難関を突破して小学校本科正教員の資格を得られた。
かくて昭和十二年退職を許されるまで教職にあること実に三十五年、功によって勲八等瑞宝章を受けられた。
この間大正七年強郷土の守護神八宮神社をあずかる身となられて以降は毎朝五時に起床、神に仕えてのち学校へという日が続いた。
教職をはなれて後は兼ねて小川町の諸社をあずかられたが、昭和十八年には比企一の宮、箭弓稲荷神社の宮司に補され推されて県神職会比企郡支会長となられた。
かくて昭和三十九年まで神に仕えて四十五年、昭和三十年には神社本庁総裁北白川房子殿から全国優良氏子総代及び神職五十二人中の一人として表彰を受けられた。
また昭和二十九年第一回小川町教育委員に選ばれ教育委員長比企郡連合会副会長、埼玉県連合会評議員として活躍せられたほかに方面委員司法保護司として、また小川町ほか十三か村の保護司会長として委員の指導に対象者の更生保護に熱情を注がれること十余年、まことに先生の日々は精進と奉仕との明け暮れであった。
ここに先生の徳を慕う有志相はかり先生に請うて寿像を造り先生の寿を願い、またその徳を永遠に伝えようと計画を発表したところ、たちまち五百有余名の賛同を得てこの成功を見たのはまことに先生がいかに人人の敬慕の的であるかを語るものと言わなければなるまい。
