板谷元右衛門(立川市)

設置場所:東京都立川市柴崎町2-20-3 立川市立第一小学校校庭
制作者:吉岡ひろ(1932- ) 宮城県第一高等女学校卒
制作時期:2006年9月19日
設置時期:2007年3月3日 没後100年を記念
寄贈者:五十嵐栄治
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

設置経緯:板谷元右衛門( いたや・もとうえもん、1842年-1908年6月11日)翁の本姓は矢島、武蔵国立川(現・東京都立川市)の板谷家の養子となる。「多摩川」は鮎が江戸期から有名で、明治期になると都心方面から多くの人が来て鮎漁見物を楽しんだ。立川の「丸芝館」は、明治30年代に最も繁盛したという鮎料亭。上流階級の人々が訪れ、屋形船で鵜飼いの鮎の漁や料理を楽しんだ。「丸芝館」の九代目店主となった板谷元右衛門翁は、1870年に郷学校(「立川市立第一小学校」の前身)を設立、「立川駅」開設にあたり土地を提供するなど、明治期以降の立川の発展に大きく貢献した人物であった。

本像台座背面の銘盤には、以下の記載がある。
板谷翁は明治三年三月三日普済寺境内の心源庵に郷学校を開いた。その後児童が増えたので沢(柴崎町四丁目)の所有林を切り倒し、二階建ての独立校舎を建て教師二人を雇って村の教育振興に努めた。郷学校は耦頴学舎、柴崎学校、立川学校、尋常高等小学校、国民学校、立川一小などと名称を変え今日に至っている。翁は立川教育の先覚者であるが、明治二二年甲武鉄道が敷かれたとき、立川駅の用地に所有地三町歩を寄附した当市の産業・交通発展の恩人でもある。
平成十九年三月三日
像製作 吉岡ひろ  題字 青木久  石工事 浜中清  寄贈 五十嵐栄治
(なお、耦頴学舎は「ぐえいがくしゃ」と読む。平成十九年は2007年。)

設置場所:東京都立川市柴崎町2-20-3 立川市立第一小学校校庭

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