土方歳三(中京区)

設置場所:京都市中京区坊城通仏光寺上ル壬生梛ノ宮町31 壬生寺壬生塚
造形:田邉真一郎(1973-、三重県志摩市出身・在住)
施工:四津川製作所
除幕式:2023年7月16日 新選組結成160年
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

土方 歳三(1835年5月31日-1869年6月20日)は、武蔵國玉郡(多摩郡)石田村(現・東京都日野市石田)に農家の土方義諄(隼人)を父として、10人兄弟の10番目として生まれる。幕末期の幕臣、新選組副長。蝦夷島政府陸軍奉行並。 諱は義豊(よしとよ)、雅号は豊玉(ほうぎょく)、家紋は左三つ巴。新選組時代には、局長・近藤勇の右腕として組織を支え、現代では鬼の副長の通称が有名である。戊辰戦争では旧幕軍側指揮官の一人として各地を転戦し、またいわゆる「蝦夷島政府」では、軍事治安部門の責任者に任ぜられて指揮を執った。1869年6月20日、戊辰戦争の最後の戦場になった箱館五稜郭の防衛戦で戦死。
設置経緯:土方歳三像建立委員会は、①新選組にゆかりがある「律宗大本山壬生寺」、②京都伏見発祥の呉服店というルーツをもつ「大丸京都店(株式会社大丸松坂屋百貨店)」、③京都の企画事業会社「株式会社ミームファクトリー」、④地域活性化に貢献するクラウドファンディングサイト「BOOSTER(株式会社パルコ)」にて構成し、土方歳三像建立を目指します。このプロジェクトでは、新選組の慰霊とその功績を顕彰し、さらには京都の街、壬生の地域活性を目的としました。
壬生寺境内の「壬生塚」には、芹沢鴨や平山五郎らをはじめ、新選組隊士11名の墓や慰霊碑、そして教科書にも載るほどの有名な「近藤勇像」などがあります。近藤勇の胸像は、今から約50年前の1971年、俳優の故上田吉二郎氏が発起人となり、沢山の方々の寄付により建立されました。建立委員会は1863年の新選組結成からまもなく160年を迎える節目に、新選組という組織の基礎を作り上げ、隊士たちの結束を取りまとめた土方歳三の足跡が壬生にはあまり見えていないことにも気付きました。「ここには土方歳三の胸像もあるべきではないか・・・」奇しくも京都にはまだ1体も土方歳三の像は存在していません。局長より少し遅れての建立にはなりますが、50年前の先人たちが力を合わせ、想いとともに残した近藤勇像に倣い、今回はクラウドファンディングを活用し、共感いただける皆様と一緒に土方歳三像の建立の実現を目指します。
7月16日は有名な「池田屋騒動」が起こった日。この日は毎年壬生寺において「新選組隊士等慰霊供養祭」が行われており、全国からたくさんの新選組ファンや、関係者が一堂に会します。2023年のこの日に、皆様の前で建立された土方歳三像を発表できるよう、クラウドファンディングでの目標金額達成を目指します。

設置場所:京都市中京区坊城通仏光寺上ル壬生梛ノ宮町31 壬生寺壬生塚

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