阿部五郎(徳島市)

設置場所:徳島市新町橋通り 東新町商店街入口の緑地
監修:服部仁郎(1895-1966)は徳島県生まれ。東京美術学校彫刻科卒業。宮本光庸の師。
制作者:宮本光庸(みやもと・こうよう、1913年3月20日 – 2001年3月8日)は徳島市出身。帝国美術学校(現在の武蔵野美術大学)卒業。
設置時期:1965年10月
画像提供:びがろうさん
林久治⇒銅像探索記/f

設置経緯:阿部五郎(1904年3月19日 – 1963年1月23日)は徳島市生まれ。弁護士、労働農民運動家、初代公選徳島県知事、日本社会党の衆議院議員(5期)。
本像台座の銘盤に以下の記載あり。(画像提供:林久治)
従四位勲二等阿部五郎先生は明治三十七年徳島市に生まれ、徳島商業学校を卒業後、県下の労働農民運動を主宰指導する傍ら、刻苦独学昭和十三年弁護士試験に合格、県下無産階級の法廷闘争に挺身せられた。
農地改革中の昭和二十二年初代民選知事に当選清廉純情の県政を以って全県民の信頼を蒐めた。
任期後社会党から衆議院選に出馬連続五回当選十余年間国会で活躍されたが昭和三十八年一月二十三日九段衆議院宿舎で宿痾糖尿病の為急逝された行年五十八歳。
先生を追慕する者相謀り広く浄財を募りこの像を建て先生の遺徳を顕彰するものである。
昭和四十年十月 阿部五郎銅像建設委員会会長 徳島県知事 原菊太郎

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