長井長義(徳島市)

設置場所:徳島市庄町1-78-1 徳島大学薬学部長井記念庭園
建立時期:1954年11月27日 徳島城公園
製作者:樽谷清太郎 (1903~1973) :高岡市出身の彫刻家
移設時期:1973年11月23日 薬学部創立五十周年記念事業の一環

画像提供:林 久治⇒銅像探索記/f

長井長義先生(1845.7.24-1929.2.10)之像
建立経緯(台座の銘文)
理学博士薬学博士正三位勲一等長井長義先生は弘化二年六月二十日徳島常三島長刀丁に生る。家世藩士琳章君醫名高し。先生はその長子。幼にして俊異。藩の選援により長崎及び東京留学しついで東京大学に入る。明治三年第一回海外留学生としてドイツに遊びベルリン大学に學びホフマン教授に師事してその藍奥を極て十七年帰朝東京大學教授となる。甫来幾多の兼職に十暇なきも自ら研鑽に努め發見創作世を益し人を濟ふの功少なからず。エフェドリンもその一とす。先生は實に我國薬學界の開拓者有機化学の先覺者なり。平生力を育英に用ふ。今や全國大学の薬學多くその遺緒を承く。昭和四年二月十一日長逝せらる。享年八十五。今回徳を慕ふ者相謀り胸像を徳島公園に建つ。先生は學界の太宗なり。後進仰いで興起するものあらんか。
昭和二十九年十一月 岡本由撰併書
移設経緯(銅像脇の石碑)
わが国薬学の始祖長井長義先生は郷土徳島に製薬技術者養成機関の必要を認め大正十一年徳島高等工業学校創立に際し徳島大学薬学部の発祥である応用化学製薬化学部の設置に多大の貢献をされた。このたび薬学部創立五十周年記念事業の一環として先生の像を徳島公園からこの地に迎え記念庭園を造り先生の御遺徳を永遠に讃えるとともに御遺志を継承する覚悟をあらたにするものである。
昭和四十八年十一月二十三日

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