鈴木よね(神戸市灘区)

場所:灘区篠原北町3-6-2 祥龍寺
設置時期:1927年5月 

林久治⇒銅像探索記はこちら/f

設置経緯:鈴木よね(1852-1938)は姫路出身。26歳の時、鈴木岩次郎(1841-1894)と結婚。
夫の急死後、鈴木商店を継承。番頭の金子直吉(1866-1944)と柳田富士松(1867-1928)の活躍で、鈴木商店は総合商社として大発展。
1919(大正8年) – 1920年(大正9年)の全盛時代、鈴木商店の売上げは16億円に達した。この額は三井物産や三菱商事を遥かに上回っていた。
また、当時のスエズ運河を通過する船の一割は鈴木商店所有といわれた。
明治初年に廃寺となっていた神戸の臨済宗「祥龍寺」再興の協力要請を受け、よね等の喜捨により 1927 年祥龍寺の再建が実現した。

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