黒澤忠次

場所:ひたちなか市 阿字ヶ浦海岸
画像提供:たぐってぃさん

1925年(大正14年)、地元の青年リーダーであった黒沢忠次がこの砂浜を海水浴場として開発することを構想。
沿線開発を目論む湊鉄道と販路の拡大を狙うローカル紙の常総新聞の協力を得て、「前浜テント村」という名前で海水浴場を開き、現在の阿字ヶ浦海岸となった。

Leave Comment