真鍋勝(つるぎ町)

場所:美馬郡つるぎ町 美馬橋
建立年月日:1963年5月(昭和38年)
画像提供:林久治さん
※ 画像投稿者:林久治さんによる銅像探索記はこちら

題字筆者:衆議院議長清瀬一郎
設置経緯:真鍋翁(1881.12.24-1963.6.7)は徳島県美馬郡貞光村(現・つるぎ町)に武田嘉六の子として生まれ、長じて美馬町真鍋家を継ぐ。東京帝国大学文学部英文科(1915 年)及び京都帝国大学法学部を卒業(1923 年)後 、弁護士を業とし、 1928 年国会議員に当選。 以来当選五回、その政治生活三十年の長きに亘り、その間、司法参与官、司法制度調査委員会、法制制度委員会、家事審査制度調査委員会、 両院法規委員会の各委員、並びに訴追委員会予備員、民主自由党代議士会長等の要職を歴任され、専ら国政の進展を図られた。真鍋翁は稀に見る教育政治家として一貫した政治信念をもって国政に参画し、特に徳島県の産業経済文化の振興に寄与され、就中翁の悲願であった美馬橋架橋の完成(1959年)による地域開発への功績はまことに大きなものがある。茲に郷党相謀りこの偉大なる翁の功労を顕彰し、一つには翁の恩沢に報い、他は以て後進の奮起を促そうとする趣旨のもとに此の寿像を建立したのである。
昭和三十八年五月 真鍋勝翁寿像建設委員会

1 comment

  1. 林 久治 - 返信

    真鍋勝翁の選挙結果は次の通りである。
    第16 回衆議院議員総選挙(1928.2.20):真鍋勝(立憲民政党)徳島2区(板野郡、阿波郡、麻植郡、美馬郡、三好郡:定員3名)で2位当選
    第17 回衆議院議員総選挙(1930.2.20):真鍋勝(立憲民政党)徳島2区(定員3名)で落選
    第18 回衆議院議員総選挙(1932.2.20):真鍋勝(立憲民政党)徳島2区(定員3名)で3位当選
    第19 回衆議院議員総選挙(1936.2.20):真鍋勝(立憲民政党)徳島2区(定員3名)で2位当選
    第20 回衆議院議員総選挙(1937.4.30):真鍋勝(立憲民政党)徳島2区(定員3名)で1位当選
    第21 回衆議院議員総選挙(1942.4.30):徳島2区(定員3名)、秋田清(翼賛推薦)14788 票1位当選、三木与吉郎(推薦)12654 票2位当選、三木武夫(非推薦)12252 票3位当選、三木熊二(推薦)10522 票4位落選、真鍋勝(非推薦)9962 票5位落選。
    第23 回衆議院議員総選挙(1947.4.25):真鍋勝(日本自由党)徳島全区(定員5名)で6位落選
    第24 回衆議院議員総選挙(1949.1.23):真鍋勝(民主自由党)徳島全区(定員5名)で2位当選
    第25 回衆議院議員総選挙(1952.10.1):真鍋勝(自由党)徳島全区(定員5名)で8位落選
    第27 回衆議院議員総選挙(1955.2.27):真鍋勝(自由党)徳島全区(定員5名)で7位落選

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