齋藤秀雄(調布市)

設置場所:東京都調布市若葉町1-41-1 桐朋学園芸術短期大学 旧館3階
制作者:不明
設置時期:1985年11月15日
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

設置経緯:齋藤 秀雄(1902年5月23日 – 1974年9月18日)は、日本のチェロ奏者、指揮者、音楽教育者として活動した音楽家。東京市京橋区築地明石町に生まれ。16歳からは宮内省にいたチェロ通の職員からチェロの手ほどきを受けはじめる。その後、暁星中学校を経て上智大学に入学したが、音楽に専念するため退学。1922年には当時作曲家、指揮者として有名だった近衛秀麿に随伴して、ドイツに留学。ライプツィヒ音楽学校に入学してチェロの名教師ユリウス・クレンゲルに学ぶ。1927年に帰国しNHK交響楽団の前身である新交響楽団に首席チェロ奏者として入団。翌1928年の第30回定期では指揮者としてデビューする。1948年には井口基成、伊藤武雄、吉田秀和らと「子供のための音楽教室」を開設。これが後の桐朋学園の一連の音楽系学科開設につながっていく。齋藤は同学園にて弦楽部門を担当する。門下生だった山本直純によると、齋藤は喫煙中毒者であり、ニコチンが切れると苛立って教え子に当たり散らし、譜面台を蹴り倒して楽譜を散乱させることもあったという。門下生の小澤征爾は高校時代、齋藤から指揮棒で叩かれたりスコアを投げつけられたりするなどの体罰を日常的に受けていたため、あまりのストレスから自宅の本箱のガラス扉を拳で殴りつけ、大怪我をしたこともある。
本像台座側面の銘盤には、以下の記載がある。
齋藤秀雄先生(1902 – 1974)は桐朋学園音楽部門の創始者の一人として、チェロと指揮をはじめ室内楽・オーケストラにわたる正統厳格な音楽教育活動によって、日本の音楽の歴史に新しい時代を開かれ、その成果は世界に知られております。この先生像は、先生の偉大な業績を偲ぶチェロ門下生たちによってつくられ、音楽科に寄贈されたものであります。
1985年11月15日 桐朋学園大学学長 三善 晃
設置場所:東京都調布市若葉町1-41-1 桐朋学園芸術短期大学 旧館3階

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