設置場所:千葉県市川市国府台1—6-4 市川市スポーツセンター入口
制作者:藤野天光(1903–1974) 東京家政大学理事兼教授
制作時期:1952年
設置時期:1986年
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

上迫忠夫選手(向かって右側、1921年10月14日-1986年10月20日)は、島根県浜田市浅井町の出身。1940年に日本体育専門学校(現・日本体育大学)に進学、1942年に兵役で従軍。戦後、島根県で体育教師を務めた。1950年に本郷高等学校教諭となり、1952年に私立開成学園の教諭となった。1952年ヘルシンキオリンピックの体操代表選手5人の1人となり、男子徒手(床運動)で銀メダル、同跳馬で銅メダルを獲得。また団体総合5位入賞に貢献した。

感激 藤野天光作
この作品は昭和二十七年(1952年)ヘルシンキのオリンピック大会に於ける日本唯一の金メダリスト石井庄八(レスリング)同銀メダリスト上迫忠夫(体操)の両選手が当時市川市在住者であったので市川市に長く住んで居た彫刻家藤野舜正(後に天光、市川市美術会理事長、千葉県美術会会長兼理事長)が感激をこめて制作、日展に出展したものである。なお後にマニラで開催されたアジアオリンピックにも出陳、展示された。
昭和丙寅(1986)陽春 天光長男 藤野忠士誌

