紫式部(上京区)

設置場所:京都市上京区千本通芦山寺上ル閻魔前町34 引接寺(千本ゑんま堂)
制作者:伊豆立収?
制作時期:2008年の「源氏物語千年紀」を記念して、佐藤美智子さんが寄進
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

設置経緯:引接寺(いんじょうじ)は、京都市上京区千本通廬山寺上る閻魔前町にある高野山真言宗の寺院。山号は光明山。本尊は閻魔法王。一般には「千本ゑんま堂」と通称される。春の念仏狂言で知られる。引接とは仏が衆生を浄土に往生させることである。その名の通りこの寺は、かつての京都の3大墓地であった化野、鳥辺野、蓮台野の一つである蓮台野の入口に立っている。現在でも地獄の裁判官である閻魔の像を祀り、「悪いことをするな」「嘘をついてはいけない」という子供らへの教戒の場となっている。そもそもは現世と冥土を行き来して、閻魔法王とも交流したという伝承のある小野篁(802 –853)が、蓮台野の入口であるこの地に自ら閻魔法王の姿を刻んで祠を建立して祀ったのが当寺の始まりであるという。引接寺の境内の奥には、高さ6メートルほどの大きな石塔が建てられています。この石塔は、紫式部が死後地獄に落ちて苦しんでいるのを供養するために建てられたのだという伝承があり、「紫式部供養塔」と呼ばれています。その理由として、その昔、紫式部はその著書である「源氏物語」が世の風紀を乱したとして、地獄に落とされたという噂があったそうです。この塔は南北朝時代の1386年、円阿(えんあ)上人によって建立されたと刻銘されています。この円阿上人という人は紫式部の子孫だとする話もあるようですが、詳しいことはよくわかりません。石塔は貴重な十層の多重石塔で、国の重要文化財に指定されています。
紫式部供養塔(国の重要文化財):1386年、円阿(えんあ)上人によって建立。
設置場所:京都市上京区千本通芦山寺上ル閻魔前町34 引接寺(千本ゑんま堂)

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