設置場所:東京都杉並区松庵1-9-33 玉成保育専門学校の事務所玄関
制作者:不明
制作時期:不明
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f


ベラ・アルウィンが保母養成所と保育園とを創設した経緯
1895年にベラは米国留学のため父方の祖母(フランクリンの玄孫)の下に身を寄せた。ベラは祖母から徹底的な清教徒教育を受けた。1901年に帰国したベラは、結婚適齢期となっていた。しかし、ベラは日米の混血児のため、日本の青年とも米国の青年とも馴染めなかった。一方、ベラは幼児を魅了する不思議な力を具えていた。ベラが伊香保の別荘に滞在中には、近所の子供達に慕われ、別荘で日曜学校を始めるまでになっていた。そこで、ベラは幼児教育に一生を捧げる決心をした。1906年にベラは幼児教育の専門家になるために、欧米に再度留学に旅立った。1911年に帰国したベラは、伊香保に幼児教育のセンターを作る構想を持っていた。しかし、本構想は行楽地・伊香保の住民にとっては有難迷惑の側面が多く、小学校校長が児童に日曜学校に行かないように指示して来た。そのため紆余曲折の後、ベラは1916年に東京市麴町区に借り受けた民家に幼稚園と保育者養成学校を開設した。幼稚園教育を創始したフレーベルは、幼児教育教具も発明した。この教具は日本語では「恩物」と訳されている。フレーベルは球を「自然界における完全なる理想形」と考え、第1恩物に選んだ。ベラは、自分の学園の名前を、自然界における理想形態の基礎となる「球」に取りたいと思い、「玉となる理想」の意味を込めて「玉成」とした。
