渡邊留吉(世田谷区)

設置場所:東京都世田谷区三軒茶屋2-4-4 世田谷署前庭
制作者:高村光太郎(1883年3月13日 – 1956年4月2日)
除幕式:1955年6月25日 世田谷署屋上にて
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

設置経緯:世田谷署の渡邊留吉巡査(1917or16-1954.9.18)は、1954年9月18日午後7時10分ごろ、台風14号の荒れ狂う中、非番日に帰宅途中、世田谷区弦巻町二丁目六番地先の路上にさしかかった際、刃物を持った自動車強盗犯人に脅迫された運転手の救いを求める声を聞きつけ、その場に駆けつけ犯人と格闘中凶刃に倒れ、壮烈な殉職を遂げた。殉職後、2階級特進して警部補に昇進。
本像台座正面に以下の碑文あり。
故警視廳警部補渡邊留吉君は性剛毅にして寡言力行克く職務に精励し将来を嘱目されていたが偶々昭和二十九年九月十八日夜咫尺を辨せぬ暴風雨の中を非番外出から歸途弦巻町の路上にて一自動車より強盗と連呼する悲鳴を聴き身を挺して賊を組み伏せ逮捕する前敵は窮せるを見凶刃を揮って君の胸部を刺す君は屈せず☐しても尚も格闘遂に力竭れて尊き生命を職に殉じたその果敢にして万撓の精神は警察官の鑑と言うべきである噫この凶難によって少壮有為の士を喪う尚も遺憾の極みである
功を以って将に勲八等に叙せられ白色桐葉章警察功勞章を贈られた
茲に胸像を造り以て永く其の功を讃う
昭和三十年六月 警視総監 江口見登留
朝日新聞1954年9月19日朝刊7Pの記事
渡辺留吉巡査は事件当日(1954年9月18日)27歳で、静岡県榛原郡中川根村(現・中川根町)の出身。1952年7月に巡査を拝命し、1954年8月2日に結婚していた。
朝日新聞1955年6月26日朝刊9P「東京版」の記事
昨年9月18日に殉職した世田谷署渡辺留吉警部補の銅像が完成し、1955年6月25日同署屋上で除幕式が行われた。式には、堀切都公安委員長、江口警視総監、長島世田谷区長をはじめ、初江未亡人などの遺族が参列。除幕の綱を引いたのは、姪のまさよちゃん。
設置場所:東京都世田谷区三軒茶屋2—4-4 世田谷署前庭

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