By 林 久治2024年6月20日Category: 00.乱歩(林久治), 14.神奈川県の銅像, 湘南地域Tags: 作曲家, 芸能 設置場所:神奈川県茅ヶ崎市茅ヶ崎1—1—1 茅ヶ崎市役所前広場制作者:宇野務(1957—)、茅ヶ崎市在住除幕式:2024年4月11日画像提供:林久治⇒銅像探索記/f 設置経緯:加山雄三の本名は池端直亮(いけはた・なおあき、1937年4月11日 – )。父は俳優の上原謙(本名:池端清亮)、母は女優の小桜葉子(本名:池端具子)。加山は、神奈川県横浜市神奈川区幸ケ谷の家に生後8か月まで、次の東京都大田区田園調布には1歳9か月までいた。幼少期に大腸カタルを患い病弱だったため、子煩悩な父・上原謙は息子のために、自然環境の良い神奈川県茅ヶ崎市へ引っ越した。茅ヶ崎市の実家には31歳で結婚するまで過ごした(妻は女優の松本めぐみ)。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後の1960年春に東宝へ入社。同年「男対男」で映画デビュー。1961年、「夜の太陽」で歌手デビュー。日本におけるシンガーソングライターの草分け的存在であり、ソングライターとしてのペンネームは、加山が尊敬している團伊玖磨と山田耕筰を足して2で割った弾厚作(だんこうさく/ドン・コサック)。2023年9月1日、茅ヶ崎市の佐藤光市長より、「加山雄三氏を名誉市民に推薦する提案」が市議会本会議に提出され、全会一致の議決によりこれが決定された。なお茅ヶ崎市の名誉市民は5人目となる。翌2024年4月11日の誕生日に合わせ、市役所前広場での銅像除幕式と名誉市民章の授与が行われた。 本像土台の制作者サイン:制作者の宇野務は1957年東京都生れ、多摩美術大学卒業、茅ヶ崎在住。 本像台座正面の加山雄三の言葉 本像台座背面の碑文には以下の記載がある。 音楽は文化のバロメーターのひとつと云われています。その力は、人々の価値観やライフスタイルにも影響を与え、更にまちのアイデンティティーにもなり得ることがあります。古くから芸能や文芸に携わる人々から愛されてきた茅ヶ崎の地で「湘南サウンド」は誕生しました。今日に至るまでそれは変わらずにまちの文化や経済をはじめ私たちのライフスタイルへ大きな影響をもたらしています。 私たち茅ヶ崎の宝物である音楽は、市民の生活に豊かさを生みだし、その新しいライフスタイルは憧れのまちのイメージとなり、全国にその名を轟かせています。良いところに住んでいますね。茅ヶ崎に住んでみたい、仕事をしてみたい、この思いは、直接的、間接的に関わらず大きくまちの活性化につながっています。茅ヶ崎は、歌ったり楽器を奏でる人たちに寛容であり、通りのあちこちのカフェやレストラン、ライブハウス、そして家庭から様々な音楽が流れてくる、そんな音楽のまちになったら素敵だと思います。 加山雄三さんは、その湘南サウンドのはじまりとなった音楽を世に送りだした、いわば原点となる方であり、桑田佳祐さんをはじめ数多くの音楽関係者が続いています。 今後五十年、百年、二百年と、ご功績をしっかりと伝え続けてゆくこと、そしてこのまち茅ヶ崎から常に新しい文化を発信し続けるその原動力となるよう、加山雄三さんのモニュメントをここに設置し、これからも音楽を応援していきます。 本事業の趣旨にご理解くださりご協賛いただいた皆様に御礼を申し上げます。加山雄三さんありがとうございます。 令和六年四月十一日 茅ヶ崎商工会議所 会頭 亀井信幸 副会頭 小島忠男 副会頭 山本泰然 副会頭 桐山章伸 専務理事 朝倉利之 事務局長 松戸康彰 設置場所:神奈川県茅ヶ崎市茅ヶ崎1—1—1 茅ヶ崎市役所前広場