役行者(品川区)

設置場所:東京都品川区南品川3-5-17 品川寺
制作者:不明
設置時期:不明
画像提供:林久治⇒銅像探索記/f

創建年代は不詳ながら、当初金華山大円寺と称し、本尊は弘法大師が東国巡行に際して押領使品川某へ譲った水月観音で、応永年間(1394-1428)の上杉禅秀の乱に際し品川一族が討死した際にも草堂に匿し置かれ、太田道灌も深く感応し、太田道灌の持仏を本尊とした観音堂を建立したと伝えられます。永禄12年(1569)武田信玄が品川を占拠した際、残らず焼き払われ、水月観音も持ち去られたものの、奇異な事が起こり続けたころから当地へ戻されたと伝えられます。阿闍梨法印弘尊が堂宇を再建し承応元年(1652)に中興開山、海照山普門院と号するようになりました。太田攝津守資直は(太田道灌が観音堂を建立した縁から)個人的に寺領100石を貞享3年(1686)に寄附しています。江戸三十三観音霊場31番霊場、東海三十三観音霊場21番札所、東海七福神の毘沙門天となっている他、山門前には江戸六地蔵の一つが安置されています。
設置場所:東京都品川区南品川3-5-17 品川寺

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